黒柳徹子さん、高島彩さんに夫のゆず・北川さんへの失言を謝る

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黒柳徹子さん、高島彩さんに夫のゆず・北川さんへの“失言”を詫びる

20日に放送された、テレビ朝日系「徹子の部屋」(月~金曜・正午)に、
フリーアナウンサーの高島彩さん(38)がゲスト出演。
番組冒頭、黒柳徹子さん(83)は、高島さんの夫・北川悠仁さん(40)が
フォークデュオ「ゆず」として同番組に出演した際の“失言”を詫びた。

「ご主人がゆずの北川さんで」と高島さんを紹介した黒柳さんは
「いまだに本当に失礼しちゃったと思うの。ご存じだと思いますが」
と前置きしてから、
「お伝えいただきたいんですが、おふたりでいらっしゃったんです。
初めて。
2人はもう有名でレコードも出してらっしゃるのに、
横浜で歌ってたって話を(聞いていたので)、
終わりのところで
『大丈夫、頑張れば絶対、今に有名になりますよ』
って」
と2003年にゆずが初めて出演した際の“失言”を謝罪。
「みんなが、『黒柳さん、レコード何枚も出してますよ』って。
エッって言ったんですけどもう遅かったんです」
と話した。
高島さんが
「そこ(黒柳さんの発言)で、
ル~ルルって番組が終わっちゃったっていう」
と笑いながら返すと、
黒柳さんは
「よろしく…。申し訳ないと」
と平謝りしていた。
高島さんは昨年、次女を出産し、
現在3歳と0歳の子育て真っ最中。
北川さんは多忙でなかなか子どもとの時間がとれないが、
そんな生活の中での
「ルール」
があるという。
それは
「初めてはパパさんと」
で、沐浴(もくよく)や離乳食など、
子どもの“初めて”は北川さんがやるようにしている。
「直前まで段取りして、
最後はパパにやってもらうという。
『やったぞ』
という満足感が男性にはあるみたいで」
と話した。

「主人が娘の面倒を見ているのを見ると、
私は5歳で父を亡くしているので、
もしかして父はこうして私に接してくれていたのかなと。
そういう喜びもありますね」
俳優だった父・竜崎勝(かつ)さんは1984年、
高島さんが5歳の時に44歳の若さで病気のため亡くなっている。
北川さんと娘の姿に自身と亡き父を重ね合わせることをしんみりと話した。

竜崎 勝さんのプロフィール

りゅうざき かつ
竜崎 勝
本名 高島 史旭
たかしま ふみあき
生年月日 1940年3月25日
没年月日 1984年12月18日(満44歳没)
出生地 高知県
死没地 東京都
職業 俳優
ジャンル 映画、テレビドラマ、紀行番組
活動期間 1961年 – 1984年
著名な家族    高島郷(長男)
高島彩(長女)

どのような経緯で役者になられたか

大学4年在学中に、日活ニューフェイス(第5期)に合格。
第5期の同期には、高橋英樹さんや中尾彬さんがいる。

その後、劇団俳優座付属養成所を経て文学座に入団。
俳優座養成所には1963年に第15期生として入所しており、
同期は夏八木勲さん、栗原小巻さん、原田芳雄さん、前田吟さん、
林隆三さん、地井武男さん、高橋長英さん、秋野太作さん、浜畑賢吉さん、
赤座美代子さん、太地喜和子さん、小野武彦さん、村井国夫さん、
柴田侊彦さん、溝口舜亮さんらがおり、
後に「花の15期生」と呼ばれていた。

文学座では劇団員になれぬまま退団し。
1969年、NETのテレビドラマ『絢爛たる復讐』の主役に抜擢された。

俳優座(第15期)の同期で仲の良かった、
夏八木勲さん、地井武男さん、小野武彦さん、村井国夫さん
高橋長英さん、前田吟さん、竜崎勝さんの7名で、
俳優事務所「どりいみい7」を作ったこともある。

彫りの深い容貌とバリトンボイスの持ち主で、
知的で温厚な二枚目から時代劇の凄腕剣客、
さらには冷酷非情な悪役や白スーツのギャングなどの現実離れした役まで、
様々な役柄を演じ、映画・テレビドラマで活躍した。

1984年12月18日午前1時、肝硬変により国立東京第二病院(現・国立病院機構東京医療センター)で死去。44歳没。
この日は遺作となったTBS系ドラマ『転校少女Y』の放送日でもあり、
番組の最後に追悼のテロップが出されている
(この回では、竜崎が作中で演じた「筒井俊信」の逝去・葬儀の場面が放送された)。
長女の高島 彩さんは父の月命日の墓参を欠かさないという。