阪神高速道路が倒壊した阪神・淡路大震災から23年、忘れてはいけない過去の被害!

 阪神・淡路大震災からもう、23年が経つんですね。

 私の中でもドンドン風化している阪神・淡路大震災!20歳になりたての頃、何か怪獣でも来たのかなというくらいテレビで見た画像はすごかったです。

 高速道路が倒壊するなんて考えもしませんでしたからね。

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阪神高速道路が倒壊したときの写真

 今回、当時の貴重な写真をツイッターの載せてくれた方がいます。

 それが、こちら

 バスが倒壊した高速道路に乗っている画像が当時、たくさん放送されました。

 本当に信じられないというのが、当時の記憶で地形にも詳しくない私は、阪神・淡路というというと場所が広くてよくわかりませんでした。

 地震が、起きたのが朝方、1995年(平成7年)の1月17日の5時46分52秒という事でこれが、通勤時間だったらとか?お昼だったらとかいろいろいわれました。

 けど、死者 が6,435名も出た大惨事!その当時、赤ちゃんだった子も今では23歳なんですよね。

 私的にもドンドン阪神・淡路大震災に関して風化しているので、このようなツイートは忘れてはいけない今後も起きるかもしれない教訓として残さねばならないと思います。

今でも阪神・淡路大震災の爪痕を残している場所

 ドンドン、あなたの記憶からもなくなっていると思われる阪神・淡路大震災ですが、ところどころにその当時を忘れないように、当時のままにしている部分があります。

 そこを写真で紹介します。

 いつも、思うのですが、建物は直せばなおすことができます。

 ただ、人の心は23年たった今でも癒されない・なおらないところがあるのではないでしょうか?

忘れてはいけないと頑張ってます

 タレントの松村邦洋さんが今年も神戸市の長田区の商店街で炊き出しを行うそうです。

 長田区は阪神・淡路大震災で被害が大きかった地域の一つという事です。

 なぜ、長田区で炊き出しをするかというと、長田区出身の元阪神のピッチャーの安達智次郎さんと忘れないために、何かできないかと始めたのがこの炊き出しだったそうです。

 一番最初に被災者のために行ったのは、2004年の11月28日に募金活動などのいべんとをしたそうです。それが始まりだったそうです。

 今年は、昨年の豚汁からカレーの炊き出しを行うと言われています。

 松村さんは

 「震災から月日は経ちましたが、記憶から消してはいけないことです。元阪神の安達智次郎投手と復興のために何か出来ることはないかと話したことを思い出します。その遺志を引き継ぎ、全力でお手伝いしたい」

 そうですよね、いう事は簡単なんですが、続けることが本当に難しいので頭が下がります。

また、このようなことも話されています。

 「地域の交流や商店街の縮小といった、人と人とのふれあいが少なくなっていく時代で、昨年参加させていただいたとき、長田区は皆さんの努力でここまで復興してきたんだなと感じました」

 本当ですね、現代は商店街での人との触れ合いという部分がドンドン失われている感じがします。

 そんな中、松村邦洋さんのような活動は歳を取った私からしたら素晴らしい活動だと思います。

 まとめ

 阪神・淡路大震災で倒壊した阪神高速道路ですが、短い期間で復旧した記憶があります。日本の大動脈になりますから、当たり前だと言われる方もいるかもしれませんが、当時、日本の底時からを個人的には感じました。

 そして、宮崎県も当然、家をなくされた方が移り住んできた方もおられます。

 その当時のことは話したくないようにも言われ、未だに傷はいえず、(一生消えないのかもしれません)元気にふるまっておられます。

 言葉も違う、生活習慣も違うと大変だったことだろうとしみじみ思う今朝でした。